九州手話サークル連絡協議会(略称「九手連(きゅうしゅれん)」)



 昭和45年(1970年)、厚生省(当時)による「手話奉仕員養成事業」により全国的に開講されたの「手話講習会」の修了者及び受講者を中心とした「手話サークル」が年次を経る毎に多数誕生した。
 九州においても然りであり、昭和47年(1972年)「九州手話通訳者連絡会」の結成に至り、これを昭和49年(1974年)に「九州手話通訳者団体連絡協議会」に改組、更に昭和63年(1988年)には各県に「県手連」の設立を見るに至り、この県手連を構成員とする「九州手話サークル連絡協議会」と改組及び名称変更し、現在に至っている。

 この間、社会状況の変化は著しく、聴覚障害者(団体)からの要求も「聞こえの保障」、「人権の保障」へと質的なものへと移行してきた。手話サークルも全国手話通訳問題研究会の各県支部の設立及び九州ブロックの設立(昭和63年(1988年))により、単県・九州レベルでの聴障協を主体とした三団体による調整・連携を図り、活動を展開してきた。

 今般の「社会福祉基礎構造改革」により「福祉」そのものの捉え方が根本から変わり、「手話奉仕員養成事業」と「手話通訳者養成事業」の実施責任者が国と地方によるものとに分離され、また全日本ろうあ連盟においても「手話サークルの指針」の第3次改訂が検討されようとしており、両者ともお「手話奉仕員養成事業」の修了者の受け皿としてどの機能を充分に果たすことができるサークルとしての役割を求めている。
 また、今後も制度及び社会環境が大きく変わろうとしている社会にあっても「手話サークル」、「県手連」そして「九手連」として、聴覚障害者の福祉向上を更に高めるために臨機応変に対応できる体制づくりが必要となってくるであろう。

 平成16年(2004年)、九手連創立30周年を迎えるのを新たなスタートラインと設定し、社会の中にあって必要不可欠の存在の「九手連」を築き上げるために、また名実ともに「九州は一つ」の実現を図るために、会員の皆様とともに運動し続る団体である。